2011年01月12日
響12年
「ラフロイグ。水で半分にしたやつ」
店に入るなりそれだけ言うと僕はトイレに入った。今日はこれで四軒めで、ここはもっとも古くから――おそらく15年ほど前から――通っている店だ。店にはDr.コトーのような風貌のはじめて見る女の子が一人、カウンターに座っていた。
トイレから戻ると、コトー女子から四席ほど離れた席におしぼりとお通しが用意されていた。もしかして僕をよく知るマスターに危険と判断されたか? 一瞬そう思ったが、その席はいつも僕が好んで座るカウンターの端の席であることを思い出した。そうだ、ここがいつもの自分の席なのだ。そんなことを考えながら手を拭いていると、コトー女子が「正露丸の味がする」と言っているのが聞こえてきた。それは、ラフロイグをはじめて飲んだ人がよくする表現だった。たしかハルさんもそう言っていた。ラフロイグは、スコットランドのアイラ島で生産されているクセの強いシングルモルト・ウイスキーで、アイラ島の人はたいていそれを水道水で半分に割って飲む。
店に入るなりそれだけ言うと僕はトイレに入った。今日はこれで四軒めで、ここはもっとも古くから――おそらく15年ほど前から――通っている店だ。店にはDr.コトーのような風貌のはじめて見る女の子が一人、カウンターに座っていた。
トイレから戻ると、コトー女子から四席ほど離れた席におしぼりとお通しが用意されていた。もしかして僕をよく知るマスターに危険と判断されたか? 一瞬そう思ったが、その席はいつも僕が好んで座るカウンターの端の席であることを思い出した。そうだ、ここがいつもの自分の席なのだ。そんなことを考えながら手を拭いていると、コトー女子が「正露丸の味がする」と言っているのが聞こえてきた。それは、ラフロイグをはじめて飲んだ人がよくする表現だった。たしかハルさんもそう言っていた。ラフロイグは、スコットランドのアイラ島で生産されているクセの強いシングルモルト・ウイスキーで、アイラ島の人はたいていそれを水道水で半分に割って飲む。
「あれ? もしかしてラフロイグ飲んでるんですか?」と僕は思わず訊ねる。
「ええ、同じものを頼んでみたんです」かすかに微笑みをうかべながらコトー女子は答える。コトー女子は僕がトイレに入っているわずかな時間に僕と同じラフロイグの水割りを注文していたのだ。きっと僕がすこし変った注文の仕方をしたのでマスターに聞いて興味をもち、同じものを作ってもらったのだろう。僕はそんなコトー女子のことをぼんやりと眺めながら、正月に見たDr.コトーのドラマのとぼけたシーンを思い出していた。
この店のカウンターの端には、いつも文庫本が何十冊か積んである。何気なくそれらを見ていると、新しく宮部みゆきの『火車』が加わっていることに気がついた。
「『火車』、僕もついこのまえ読みましたよ」とマスターに声をかける。
「おもしろいよね、それ」マスターがいつもの間をおいて言う。ここのマスターは、客と話をするときの視線の方向と動かし方、返答するまでの間のあけ方、そして言葉のリズムとテンポに特徴がある。わかりやすく表現すれば、田中邦衛を水道水で半分に割ったような雰囲気だ。そのマスターがさらにテンポを落として大きな声で、こんなことを言いはじめた。
「そういえばさ、すげーうまいウイスキー見つけたよ。響の12年ていうんだけどさ。これ本当にうまいんだ」
「そーなのー!」と世界の果てまでイッテQに出てくる若手芸人のまねをして僕は答える。しかしそれがモノマネであることにも、若手芸人のギャグであることにも誰も気づかない。僕はその瞬間、ただのへんなオジサンだった。しかし、薄い田中邦衛とDr.コトーは何ごともなかったようにそれぞれの演技を続けている。
つづきは「くにむら」で(響12年を飲みながらということで)。
「ええ、同じものを頼んでみたんです」かすかに微笑みをうかべながらコトー女子は答える。コトー女子は僕がトイレに入っているわずかな時間に僕と同じラフロイグの水割りを注文していたのだ。きっと僕がすこし変った注文の仕方をしたのでマスターに聞いて興味をもち、同じものを作ってもらったのだろう。僕はそんなコトー女子のことをぼんやりと眺めながら、正月に見たDr.コトーのドラマのとぼけたシーンを思い出していた。
この店のカウンターの端には、いつも文庫本が何十冊か積んである。何気なくそれらを見ていると、新しく宮部みゆきの『火車』が加わっていることに気がついた。
「『火車』、僕もついこのまえ読みましたよ」とマスターに声をかける。
「おもしろいよね、それ」マスターがいつもの間をおいて言う。ここのマスターは、客と話をするときの視線の方向と動かし方、返答するまでの間のあけ方、そして言葉のリズムとテンポに特徴がある。わかりやすく表現すれば、田中邦衛を水道水で半分に割ったような雰囲気だ。そのマスターがさらにテンポを落として大きな声で、こんなことを言いはじめた。
「そういえばさ、すげーうまいウイスキー見つけたよ。響の12年ていうんだけどさ。これ本当にうまいんだ」
「そーなのー!」と世界の果てまでイッテQに出てくる若手芸人のまねをして僕は答える。しかしそれがモノマネであることにも、若手芸人のギャグであることにも誰も気づかない。僕はその瞬間、ただのへんなオジサンだった。しかし、薄い田中邦衛とDr.コトーは何ごともなかったようにそれぞれの演技を続けている。
つづきは「くにむら」で(響12年を飲みながらということで)。
Posted by ムックリ at 00:26│Comments(2)
│日常の出来事
この記事へのコメント
こんばんは
響は私の隣によくいる大酒豪もファンですよ
何年なのかはわからないけど、すし屋で呑むのがいいらしい(笑)
なじみの店っていいですよね
ちょっと高いとかあるのかもしれないけど、居場所があるし
主人と店と店の味を維持するみたいな変な感じとか
こいつの家賃になるならいいか。。みたいな。
磯自慢、静岡自慢なんですね
自分も春になったらホッケ釣って磯自慢(厳密には港自慢)を書くつもり。
うちの酒豪に試させます(笑
響は私の隣によくいる大酒豪もファンですよ
何年なのかはわからないけど、すし屋で呑むのがいいらしい(笑)
なじみの店っていいですよね
ちょっと高いとかあるのかもしれないけど、居場所があるし
主人と店と店の味を維持するみたいな変な感じとか
こいつの家賃になるならいいか。。みたいな。
磯自慢、静岡自慢なんですね
自分も春になったらホッケ釣って磯自慢(厳密には港自慢)を書くつもり。
うちの酒豪に試させます(笑
Posted by うにあわび at 2011年01月12日 21:58
>うにあわびさん
そうですね。
床屋でも飲み屋でも、なじみの店はいろんな意味でラクでいいです。
響って、2009年から販売されている新製品なんですね。
あの味なら、お寿司にも合いそうな気がします。
さっき「男山 立春朝搾り」を予約してきました! (^_^)/
そうですね。
床屋でも飲み屋でも、なじみの店はいろんな意味でラクでいいです。
響って、2009年から販売されている新製品なんですね。
あの味なら、お寿司にも合いそうな気がします。
さっき「男山 立春朝搾り」を予約してきました! (^_^)/
Posted by ムックリ at 2011年01月13日 16:00